神式の葬儀、千葉で知った「手水の作法」とはどういう意味?

“千葉の葬儀で知った手水の作法”とは、神にお参りするための清めの儀式です。

外界から訪れる人たちのために、かなり簡略化されています。

■心身を清めてからのお参り、そのための手続き。

仏式の葬儀とは違って、神式には手水というルールがあります。

手水と書いてちょうず、てみずとも読むこの作法は、神社にお参りする祭の最初のステップです。

神式では人界に暮らす汚れた人が、身を清め、心身ともに清らかな状態になってから神に詣でます。

手を洗い次に口をすすぎ、それで禊(みそぎ)の儀式が終わったことになります。

最初は右手で柄杓(ひしゃく)をもって左手を、次に右手にもちかえて左手をなど細かな手順まで決まっています。

■神式は仏式にくらべて作法が面倒と言うけれど。

面倒に思える神式(神道)の儀式でも、それらはかなり簡略化・省略化されたもので、ほんとうであれば参拝・拝礼までに30分~1時間とかかる儀式です。

私服のままで手や口を洗い流すだけで終われるのは、俗世間に暮らす私たちに与えられた特別なルールです。

宮司や巫女などには、詣でるまでに想像以上の手続きが必要です。

▽仏式と同じく、神式の葬儀にも様々な作法があります=【関連記事:https://news.mynavi.jp/article/20130203-a011/

■深くお辞儀をすることを「拝」と言います。また手を打つことを「拍手」と言います。

ともに深い感謝の念を表しています。

参拝のときの拝や拍手の仕方は詣でる神社によって多生異なりますが、どのような参拝でも、深い感謝を表すことに違いはありません。

千葉でもよく願い事をするために神社に行く人を見かけますが、本来は感謝のみで済ませるのが作法。

「努力すればでき得ることを神に祈ってはいけない」というのが本来です。

千葉の葬儀にあった神式の「斎主」や「玉串」の意味は?

「千葉の葬儀に」ということですが、神式では仏式で経を唱える導師のような人を斎主と呼ぶなど、呼び名に1つずつ違いがあります。

千葉に限った呼称ではありません。

■斎主は「神を祀る人」・導師・中心人物。

神式(神道)の葬儀で耳にすることがある「斎主」というのは、神を祀る人という意味で、葬儀の最高責任者ということです。

仏式で言うなら葬儀で経をあげる僧侶、宗門の法主、一般的な会社で言うなら社長・会長といったところでしょうか。

神式ではさまざまな式次に「祭」という1文字が付きます。

葬儀祭とか、通夜祭などもそうです。

この祭は、祀るという音が転じて成っており、祀る人、つまりいちばん偉い人、中心人物を指しています。

■省略化されつつある現代の玉串奉納。

玉串とは、もともとは参拝者や神職が神前に捧げものをする儀式でしたが、今日においては参列者が正式な礼にのっとって奉じることはなく、文具店や雑貨店で売っている玉串用の袋にお金を入れて奉納します。

玉串には天と地をつなぐ、串刺しになっているという意味があり、神式における奉納は香典や御霊前とは少し違って、非常に清廉なものです。

香典のように、直接的に故人や遺族に向けたものではありません。

■仏式で言うところの葬儀は、故人と遺族に対する儀式ですが、神式の場合はすべてが神に対する儀式であり捧げ物です。

ネットで検索すると、玉串=香典、葬儀祭=葬儀、斎主=僧侶と例えられていますが、もっとも大きな違いは、仏式における儀式は人間対人間の式次第であるのに対して、神式の葬儀祭は神に対する儀式という点です。

千葉で神式の葬儀、「葬場祭」とか「通夜祭」とは何ですか?

何となく言葉のニュアンスは仏式と似ているけれどハッキリと理解はしていない。

神式で使われている葬場祭や通夜祭もその1つです。

確認しておきましょう。

■神式の「葬場祭」は神社では執り行われない。

神式で言う「葬場祭」とは、仏式の葬儀から告別式までを含む式次第のことです。

仏式では本堂で葬儀をあげたり、葬儀会館で執り行ったりしますが、神式では神社で葬場祭を行なうことはありません。

神の領域と人間の領域は厳格に区別されており、人界が神の住まいである神社に立ち入ることはできないからです。

日本の神社は荘厳である一方で非常に閉鎖的な性格をもっています。

■「通夜」と「通夜祭」の違いはどこにあるのか。

神式の「通夜祭」というのは仏式の通夜にあたります。

ただし先にお話ししたように、人間界と神は住む場所が厳格に分かれているという古代からの習わしにより、通夜を神社で行なうことはありません。

千葉でも通夜や葬儀は自宅か斎場に行って執り行うのが常です。

また仏式では通夜振る舞いといって、酒や食事を供して故人を弔いますが、神式ではこの通夜振る舞いのことを「直会(なおらい)」と呼びます。

■神式では葬儀のことを「神葬祭」、通夜のことを通夜祭と呼び直会が開かれます。

最低限の神式用語や内容は理解しておきましょう。

仏式・神式を問わず、最近では千葉でも言葉のもつ意味や習わし・礼儀作法について何かと省略化する風潮にあります。

また少々の混同も気にしないといった向きがあります。

しかしそれでは近い将来に仏式・神式の区別さえなくなってしまいます。

神葬祭の流れ程度は確認しておくなど最低限のことは心得ておきましょう。

▽参考記事はこちら[神道葬式・仏式との違い・神葬祭の流れ・香典・服装マナー – ガールズSlism

神式の千葉の葬儀で数珠は不要ですか。玉串に相場はありますか?

葬儀には数珠がつきものですが、それは仏式での葬儀の話。

神式では数珠などの持ち物はありません。

玉串は香典の代わりとなるもので、一般的な相場があります。

■そもそも数珠の意味や使われ方にはどんな意味が?

数珠はもともとはお坊さんが読経を唱えるときの“数を数える道具”として使われてきましたが、その一方では仏教で言うところの煩悩の数=百八つを表しているとも言われています。

煩悩とは人間の心の中にある迷いや雑念のことで、これを無の境地になって取り払うことができれば、仏の座に昇格できる=成仏、とされてきました。

除夜の鐘が百八つ突かれるのは、新年に向かってその煩悩を取り払うという意味があります。

■忘れてはならないのが玉串。中身は親しいかどうかで。

上記でお話ししたように、数珠は仏教(仏式の葬儀)で使われるものなので、千葉であっても千葉でなくても神式(神道・古神道)であるなら数珠は不要です。

神式では数珠に代わるものはなく、二礼二拍手など神前においての挨拶が主になります。

仏式の御霊前にあたる玉串の中身(玉串料)をいくらにするかは、相場を目安に決められることが多いです。

■神式における玉串料は、両親の場合で5万円~10万円、兄弟で3万円、取引先が故人の場合で1万円が相場。

神式の玉串料には金額に明確な決まりはないので、親友が亡くなった場合などでは、連名で10万円を奉納したり、取引先でお世話になった相手には、会社名で数十万円を納めたりするケースもあります。

ちなみに近隣関係では千円~三千円が相場です。